puffer-8


消費税10%に上がりましたね…
我々の生活を圧迫する感じですけどね…
我々の税金で日本国を良くしてほしいですけどね…

税金に関しましての説明いたしますのでよろしくお願いいたします。

消費税
消費税(しょうひぜい、英: consumption tax)は、消費に対して課される租税です。1953年にフランス大蔵省の官僚モーリス・ローレ(フランス語版)が考案した間接税の一種でありまして、財貨・サービスの取引により生じる付加価値に着目して課税する仕組みです。

消費した本人へ直接的に課税する直接消費税と、消費行為を行った者が担税者であるものの納税義務者ではない間接消費税に分類できます。前者の「直接消費税」にはゴルフ場利用税などが該当しまして、納税義務者が消費行為を行った者でありまして、物品またはサービスの提供者が徴収納付義務者(地方税の場合は特別徴収義務者)として課税主体に代わって徴収を行いまして、課税主体に納付することとなります。後者の「間接消費税」には酒税などが該当しまして、納税義務者は、物品の製造者、引取者または販売者、あるいはサービスの提供者でありまして、税目によって異なります。間接消費税はさらに課税対象とする物品・サービスの消費を特定のものに限定するかどうかに応じまして、個別消費税と一般消費税に分類できます。

消費税
直接消費税
間接消費税
関税
一般消費税 (General Tax)[3] - VAT(=付加価値税)など
個別消費税 (Taxes on Specific goods and service)
現在では160カ国ほどで導入されまして、OECD諸国の平均では税収のおおよそ31%を占めておりまして、これはGDPの6.6%に相当します(2012年)。

日本においては、「消費税法に規定する消費税」と「地方税法に規定する地方消費税」の総称でありまして、付加価値税(VAT)のひとつに分類されます。

種類
消費は所得の存在を前提として発生することから、消費に課税することによって所得税などで十分に把握できない所得に対して間接的に課税することになります。ただし、所得の中には貯蓄に回される部分があるために、所得の大小と消費の大小は必ずしも一致せず、消費者の消費性向が実際の消費税の負担に対して影響を与えます。

一般消費税
一般消費税は、さらに以下に分類されます。

単段階課税
・売上税 - たとえば小売売上税では、最終消費者への小売者のみが徴収納付義務者
多段階課税
・付加価値税(Value-Added Tax, VAT)、もしくは物品サービス税(Goods and Services Tax, GST)
かつての日本の経済学では一般売上税(general sales tax, GST)とも呼ばれていた税方式がモデルとなっています。一般売上税の課税方法として製造・卸売・小売の各段階のいずれか1段階で課税される単一段階課税と2つ以上の段階で課税される多段階課税があります。

多段階課税を採用した場合、次の段階に税負担を転嫁させていく「ピラミッド効果」が発生しまして、それぞれ異なる商品に同じように課税をすることによって商品に対する税負担の格差が生じることになります。こうした問題点を解消するために、納税義務者はその売上げに係る消費税ではなく、差額に係る消費税を納税する方法が考え出されました。これが今日の一般消費税(VAT)です。一般消費税は付加価値の算定方法により所得型付加価値税と消費型付加価値税に分けることが出来ます。前者は仕入計算時において資本財の控除は減価償却分しか認められないが、後者では資本財全額が控除の対象となりまして、消費部分のみが課税対象となります。

消費税と一般消費税は外見的には類似していますが、一般消費税には所得に対して課税する所得税や法人税などの直接税に対する批判に由来する代替的な要素も含まれています。所得に課税する場合には、納税者がそもそも正直な所得の申告をしまして正確な納付をしているかを把握するのに行政側のコストがかかりまして、公平性・水平性の点でも問題が多いです。直接税に批判的な人々は「消費による支出を通じてより正確な所得が把握できる」という考えから一般消費税による代替を求めます。

一般消費税が初めて導入されたのは1954年のフランスですが、その前身は1917年に導入された「支払税(la taxe sur les paiements)」です。その後、1920年に「売上税 (la taxe sur le chiffre d’affaires)」、1936年に「生産税(la taxe à la production)」と名称を変更しながら現在の形になっていきました。その後、1967年にEC閣僚理事会においてフランスと同様の消費型付加価値税に基づく一般消費税を中心とした加盟国間の税制統一運動の推進が確認されまして、この方針に基づいて1968年に西ドイツが一般売上税を一般消費税に変更しました。

これをきっかけに1969年にオランダ、1970年にルクセンブルク、1971年にベルギー、1973年にイギリス・イタリアと加盟国間において一般消費税への転換が進みました。日本でも10年に及ぶ議論の末にVAT型の消費税が1989年に導入されることになりました。

個別消費税
個別消費税(Selected excise duties)は特定あるいは一群の財貨・サービスに対する課税です。課税の対象になる財貨・サービスは特定的で税率も統一されていません。税率は、量、重さ、強度、オクタン価、アルコール度数などが基準として使われています。

この方式で課税される対象としましては3つの分類が考えられまして、酒や煙草のような嗜好品に賦課する「嗜好品課税」、ガソリンのように応益原則・受益者負担の原則に基づいて特定の公共サービスを行うために関連した商品・サービスにかける「目的税」、その他の物を対象とした「奢侈品・娯楽用品・サービス課税」と呼ばれる奢侈品や日常生活で用いられていますが生活必需品とはいえない商品に課されます。かつて日本に存在した物品税の多くがこれに含まれています。

個別消費税は、元は内国消費税(excise)としまして、16世紀末期にスペインからの独立戦争を継続していたオランダで軍費調達のために始められたと言われています。イングランドではこれを範として内国消費税を導入して財政難を克服しようとしました。これに対する英国議会の反発が、清教徒革命へと発展しますが、皮肉にも革命軍の軍事費を得るためにジョン・ピムやオリバー・クロムウェルが採用したのが内国消費税でした。

その後、王政復古期に王権と議会の対立の原因となっていました徴発権などの国王大権を国王が返上する代わりに内国消費税の半分を国王の生活のための供与金として認めることで合意が成立しました。その後も財政難を理由として何度か内国消費税の引き上げが行われました。1733年に当時(初代)の首相ロバート・ウォルポールが地租の削減・廃止と関税の引き下げの代償に更なる内国消費税の大幅引き上げを図りました。

これに対して政敵のボリングブルック子爵が噛み付きまして、民衆も生活苦から暴動を起こす騒ぎとなりましたためにウォルポールは提案を撤回しました。これを「消費税危機」(excise crisis)といいます。産業革命以後には産業育成のために内国消費税を削減して関税に転嫁する方針が採用されました。フランスではジャン=バティスト・コルベールが導入した塩の専売制に付随してかけられましたガベル(gabelle)と飲料品税に由来するエード(aides)が知られまして、絶対王政期のフランス財政を支えました。ドイツでも17世紀後半以後盛んに導入されましたが、余りの高率に国民生活の不安定と国家財政の極度の個別消費税依存を招きフェルディナント・ラッサールから厳しい批判を浴びました。

この他アメリカでも独立戦争時にイギリスを真似て個別消費税を導入しましたが、1794年にウィスキー税に反対するウィスキー反乱が発生してジョージ・ワシントン政権を揺るがしました。

日本では、江戸時代以前の運上・冥加が一種の個別消費税に相当しますが、近代的な税制は明治維新以後に各種の間接税が導入されて以後です。特に酒税は一時は歳入中最大の割合を占めるほどになりました。戦後になってシャウプ勧告と消費税法施行に伴って2度にわたって間接税の整理が行われます。

総合消費税
総合消費税(general expenditure tax)は、イギリスの経済学者ニコラス・カルドアが提唱した方法で、spendings tax(支出税)とも呼ばれます。個々の消費者がその年度内に発生した財貨・サービス支出を税務署に自己申告をおこないまして、累進課税にもとづく税額の算定にもとづいて納付します。元は所得税を補完する税法として考案されまして、キャピタル・ゲインなどの所得からも支出に対する課税の形で税を徴収できまして、かつ預貯金とその金利は支出に相当せずに課税されないために節約と貯蓄奨励にもなるとされまして、インドなどで一時導入が検討されました。

だが、全ての人が正確な納付をおこなうためには、各個人が自己の支出に関する正確な記録を作成して、収入・支出・貯蓄に関するバランス・シートを作成しなければならないことから、本格的に導入した国は存在しませんでした。また、税務署が全居住者の収入・支出・貯蓄情報を把握する必要があるため、事務の煩雑さから実施が困難であると言えます。

租税
租税(そぜい、英: tax)とは、国や地方公共団体(政府等)が、公共財や公共サービスの経費として、法令の定めに基づいて国民や住民に負担を求める金銭です。現代社会においてほとんどの国が物納や労働ではなく「お金(おかね、その国で使用されている通貨)」による納税方法 (金銭納付) を採用しておりまして、日本では税金(ぜいきん)と呼ばれています。

税制(ぜいせい)
税制(租税制度)は、歳入(財政)の根幹及び政治経済(経世済民)そのものです。商売や契約・取引等の行為及び所得や有形無形の財産などに対して税を賦課することを課税(かぜい)、課税された税を納めることを納税(のうぜい)、徴収することを徴税(ちょうぜい)、それらについての事務を税務(ぜいむ)といいます。政府の財政状況において租税徴収額を減額することを減税、逆に増額することを増税(ぞうぜい)といいます。

租税の本質・目的
政府が「お金」の価値を保証することと租税の制度を存続させることとは表裏一体で、日本においては、明治時代の紙幣・債権経済への移行期に地租改正を行い通貨による納税制度を取り入れています。政府が「お金」の価値を保証することは、近世社会以降において治安と並んで国家的機能の重要な働きの1つで、国内的なあらゆる取引における一定の価値および安全性を保証するものです。なお、何よりもまず念頭におかなければならないのは、「税制改革」が法改正であるという事実でありまして、日本では、昭和63(1988)年、竹下登内閣の元、賛否両論を抱えたまま消費税を3%とする「税制改革法」が採決・施行されまして、同法に基づき平成元(1989)年に消費税法が施行されました。

租税の機能・効果
政府は、国家の基盤的機能を維持するため、個人から生殺与奪の権利を取り上げまして、社会的ジレンマや外部性(フリーライダー)を回避する施策を検討しなければなりません。租税には、次の4つの機能・効果があるとされています。

・公共サービスの費用調達機能 - 「市場の失敗」という言葉に象徴される市場経済のもとでは提供困難なサービス(軍事、国防、裁判、警察、公共事業など)の提供のための費用を調達するための機能です。

・所得の再分配機能 - 自由(私的財産権の保護)と平等(生存権の保障)は、究極的には矛盾する考え方でありますが、今日の多くの国では、いわゆる福祉国家の理念のもと、国家が一定程度私的財産に干渉することもやむを得ないことと考えられています。このような考え方に基づいて持てる者から持たざる者に富を再分配します。逆に、消費税は格差を拡大する効果をもつ税制です。

・経済への阻害効果 - 投資意欲の妨害、生産活動・労働意欲の阻害、消費意欲の低下など、経済が本来あるべき姿を歪め、経済全体に悪影響を与える効果です。ジョン・メイナード・ケインズも述べるように、政府が忘れてはならない事として、重い徴税はビジネスなど経済活動を完全に止めてしまうのでありまして、極端に高い税率ではなく中等の税率こそが政府にとっての最大の税収になります。特に、国富が著しく喪失して景気が悪化している状況での増税による緊縮財政は極めて有害な政策です。

・景気の調整機能 - 自由主義経済体制における特殊な調整機能です。景気の循環は不可避のものとされますが、景気の加熱期には増税を行うことによりまして余剰資金を減らしまして投資の抑制を図ります。逆に後退期には減税を行うことにより余剰資金を増やしまして投資の活性化を行います。これにより、ある程度景気を調節することが可能であるとされます。現代の租税制度は累進課税を採用しています租税が国等の主要な財源を占めているため、所得の変動に応じた税率の変動によりまして、景気が自動的に調整されるという効果を有します。この効果は「自動景気調整機能(ビルト・イン・スタビライザー)」と称されます。
税金は経済全体を調整するための機能とみなす機能的財政論によりますと、税金は、財源確保の手段ではなく、物価調整の手段でありまして、政府が負債を増やすことで、貨幣供給量が増えて、インフレに向かい、政府が増税によって負債を返却しましたら、その分だけ貨幣が消えまして、貨幣供給量が減るから、デフレへと向かいます。そのほかに、炭素税のように、二酸化炭素の排出抑制の手段にもなりまして、所得再配分の手段としても重要です。

租税の基本原則
租税法律主義
租税法律主義とは、租税は、民間の富を強制的に国家へ移転させるものなので、租税の賦課・徴収を行うには必ず法律の根拠を要する、とする原則です。この原則が初めて出現したのは、13世紀イギリスのマグナ・カルタです。

近代以前は、君主や支配者が恣意的な租税運用を行うことが多かったが、近代に入ると市民階級が成長しまして、課税するには課税される側の同意が必要だという思想が一般的となり始めていました。あわせて、公権力の行使は法律の根拠に基づくべしとする法治主義も広がっていました。そこで、課税に関することは、国民=課税される側の代表からなる議会が制定した法律の根拠に基づくべしとする基本原則、すなわち租税法律主義が生まれました。現代では、ほとんどの民主国家で租税法律主義が憲法原理とされています。

租税が課される根拠
租税が課される根拠として、大きくは次の2つの考え方があります。

・利益説 - ロック、ルソー、アダム・スミスが唱えました。国家契約説の視点から、租税は個人が受ける公共サービスに応じて支払う公共サービスの対価であるとする考え方です。後述する応益税の理論的根拠といえます。
・能力説 - ジョン・スチュアート・ミル、ワグナーが唱えました。租税は国家公共の利益を維持するための義務でありまして、人々は各人の能力に応じて租税を負担しまして、それによってその義務を果たすとします。「義務説」とも称されます。後述する応能税の理論的根拠といえます。
租税の種類
租税制度は仕組みの異なるさまざまな税目から成り立っています。それぞれの税目には長所と短所がありまして、観点の違いによって様々な分類方法があります。

所得課税・消費課税・資産課税等
所得課税
個人の所得に対して課税されます個人所得課税(所得税など)と、法人の所得に対して課税されます法人所得課税(法人税など)があります。累進課税による特性として、経済自動安定化機能(ビルト・イン・スタビライザー)をもたらします。
所得控除、医療費控除をはじめ、年金貯蓄や住宅投資などに対する優遇措置など、納税者の負担軽減のための様々な制度を導入しやすいことが利点でもある反面、それらの制度が既得権化すると公平性を損なうだけでなく、課税ベースの縮小によって税収調達機能の低下、非効率化といった問題を生じます。また、納税者個々の収入を把握し的確に課税し徴収する必要があるため正確な徴税が行いにくく、この制度を有効に活用するには税務当局の能力の向上が必須となります。このため3つの課税ベースのうちでもっとも開発が遅れまして、所得課税が租税全体において大きな役割を果たすのは国家の徴税能力の向上した近代以降のことです。また同じ理由で、納税・徴税者双方に大きな事務的な負担がかかる課税です。このことから、所得課税は先進国の税収において大きな割合を占めることが多いが、発展途上国においてはそれほどの重要性を持たないことが多いです。

消費課税
財・サービスの消費に対して課税されます。消費税のほか、関税や酒税などが含まれます。控除などによる特別措置の余地が少なく、業種ごとの課税ベース把握の不公平も生じないため、水平的公平、世代間の公平に優れておりまして、広い課税ベースによる安定した歳入が見込めます。また所得税に比べて課税対象の把握が納税・徴税者双方にとってわかりやすく、税務当局の能力がそこまで必要ではないことから、特に発展途上国においては消費課税が税収の大半を占めていることが多いです。反面、所得全体に占める税負担の割合が低所得者ほど大きくなるため、逆進的な性質を伴います。

資産課税等
資産の取得・保有・移転等に対して課税されます。固定資産税や相続税、贈与税などが属します。他者からも明確に把握できる土地や資産を課税対象とすることから徴税が行いやすく、近代以前においては最も中心的な課税でした。また資産を有する富裕層に対しての課税という性格が強いため、所得課税と同じく所得格差の是正の機能を有します。一方であくまでも有資産者に対する税であるため、課税対象が少なく税収の柱にはしにくい面があります。
近年では就労の促進や所得再分配機能の強化等を目的として、所得課税などに対する給付付き税額控除の導入も進んでいます。給付付き税額控除は制度の複雑化や過誤支給、不正受給などの課題を伴う反面、課税最低限以下の層を含む低所得世帯への所得移転を税制の枠内で実現できまして、労働供給を阻害しにくい制度設計も可能であることから、格差是正や消費税などの逆進性対策に適するとされます。勤労所得や就労時間の条件を加味して就労促進策の役割を担う勤労税額控除は、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、スウェーデン、カナダ、ニュージーランド、韓国など10か国以上が導入しています。子育て支援を目的とする児童税額控除はアメリカ、イギリスなどが採用しているほか、ドイツやカナダなども同趣旨の給付制度を設けています。消費税の逆進性緩和を目的とする消費税逆進性対策税額控除はカナダやシンガポールなどが導入しています。

国税と地方税
租税は課税権者に応じて国税と地方税に区分できます。子ども手当のような生存保障の支出は、国が全額財源を負担するのが論理的には一貫しますが、対人社会サービスなど現物給付については、地方自治体が供給主体となります。国税では富裕層への課税や矯正的正義(応能原則)が重視されますが、所得の多寡を問わないユニバーサリズムの視点からすれば、地方税に関してはむしろすべての参加者が負担する配分的正義(応益原則、水平的公平性)が基準となります。

国税の課税権者は国、地方税の課税権者は各地方自治体となりますが、地方税に関する税率などの決定は必ずしも各自治体の自由裁量ではなく、税率の上下限など、国によって様々な形での制約が設けられています。チェコ、デンマー ク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ポルトガル、スペインといった国々では地方税の税目に対して上限と下限両方の制限が存在しまして、オーストラリア、ベルギー、フランス、ハンガリー、オランダ、ポーランド、スイス、イギリス、アメリカなどは上限のみが存在します。イタリアの州生産活動税のように、国が定めた標準税率を基準に税率の上下限幅が決められているケースもあります。日本では法人課税を中心に税率の上限(制限税率)が設けられていますが、直接的に下限を定めた規制は存在せず、法的拘束力の無い標準税率を地方債の起債許可や政府間財政移転制度(地方交付税交付金)の交付額算定と連動させることで、それを下回る税率の選択を抑制する制度設計となっています。上位政府による起債制限と政府間財政移転の双方を背景として地方税率が下方硬直的になっている例は、日本以外の主要国には見当たらず、日本の標準税率制度は国際的にみてもかなりユニークな制度です。

普通税と目的税
租税は、特にその使途を特定しないで徴収される普通税と、一定の政策目的を達成するために使途を特定して徴収される目的税とに区分できます。目的税は公的サービスの受益と負担とが密接に対応している場合は合理性を伴った仕組みとなる反面、財政の硬直化を招く傾向がありまして、継続的に妥当性を吟味していく必要があります。

直接税と間接税
具体的な商品やサービスの価格を通じて税が納税義務者から消費者に転嫁されることを予定した租税を間接税と言いまして、それ以外の租税を直接税と呼びます(「たばこ税」や「法人税」は両者とも消費者に転嫁されているが、たばこ税は具体的な商品に転嫁されているので間接税となる。法人税は具体的な商品やサービスに転嫁されていないため、直接税である。)。日本の税目では所得税や法人税などが直接税でありまして、消費税やたばこ税などが間接税です。直接税はオフショア市場の活用により税収が減っています。

従量税と従価税
数量あたりで税率を定めた税を従量税、価額単位で課される税を従価税といいます。

応益課税と応能課税
納税者の担税力、すなわち租税の負担能力に応じて賦課する立場の考え方を応能課税、公共サービスの受益に応じて課税すべきとする考え方を応益課税といいます。租税は公益サービスのための財源であることから、少なからず応益課税の要素が内在しますが、個別の受益と負担との関係が必ずしも明確でなく、応益負担だけでは成り立ちません。地方税は地域住民による負担分任という性格上、応益課税の要素がより重視されます。

徴収方式
税の徴収方式としては、申告課税と賦課課税の二つの方式が主な方式となっています。賦課課税方式は各政府が納付義務を持つものに税額を計算して賦課するものでありまして、申告課税は逆に納付義務を持つものが自ら税額を計算して政府に申告するものです。賦課課税方式は近代までは中心的な徴収方式であったものの、20世紀後半に入ると申告課税が主流の納付方式となりました。このほか、いくつかの国家においては納税者への給与等の支払いの際にその雇用者があらかじめ税額相当を天引きしておく、いわゆる源泉徴収が行われています。また、文書に対し収入印紙を貼り付けて納付する印紙納付もあります。

租税の歴史
租税の歴史は国家の歴史と密接に関連します。極端な増税は、農民など税の負担者を疲弊させまして反乱を招き国家の滅亡につながることもありました。歴史的には、労働、兵役やその地方の特産物等による納税が行われた時代がありました。例えば万里の長城など歴史的な建造物の多くは、強制的な労働力の徴発より作られたものと考えられています。

租税制度は主に次のような変遷を遂げられました。

古代
原始には、神に奉じた物を再分配する、という形を取っていたとされています。社会的分業によって私的耕作や家内工業の発展とともに集団の中で支配者と被支配者が生じまして、支配者は被支配者から財産の一部を得るようになりました。これには、被支配者が支配者に差し出す犠牲的貢納と支配者が被支配者から徴収する命令的賦課がありました。古代の税としては、物納と賦役が主に用いられました。物納は農村においては穀物を主とする収穫が主でありまして、それに古代においては貴重品であった布や、その地方の特産品を特別に納付させることも行われました。賦役は税として被支配者に課せられる労役のことでありまして、土木工事などの公共事業や、領主支配地における耕作など様々な形態を取りました。

古代エジプトのパピルス文書に当時の農民に対する厳しい搾取と免税特権をもつ神官・書記に関する記述があります。

古代インドのマウリヤ朝では、農民に対し収穫高の四分の一程度を賦課しまして、強制労働も行われていました。

ローマ帝国の税制の基本は簡潔でありまして、属州民にのみ課される収入の10%に当たる属州税(10分の1税)、ローマ市民と属州民双方に課される商品の売買ごとに掛けられる2%の売上税(50分の1税)、ローマ市民にのみ課される遺産相続税や解放奴隷税などでした。3世紀のアントニヌス勅令以降は国庫収入が減少しました、軍団編成費用などを賄うための臨時課税が行われることもありました。マルクス・ユニウス・ブルートゥスは属州の長官に赴任したとき、住民に10年分の税の前払いを要求しました。

中国
古代中国の漢の主要財源は、算賦(人頭税及び財産税)、田租、徭役(労働の提供)でした。

北魏において均田制が成立したのち、これに基づいて北周が租庸調の税制をはじめ、唐でもこの税法を当初は引き継ぎました。しかし玄宗期に入ると土地の集積が進み均田制が崩壊しまして、土地の存在が前提であった租庸調制も同時に崩壊したため、780年には徳宗の宰相楊炎によって両税法が導入されました。これは税の簡素化と実情に合わせた変更によって税収を回復させる試みでありまして、以後明にいたるまで歴代王朝はこの税法を維持し続けました。しかし明代に入ると再び税制の実情とのかい離が起こりまして、税制は複雑化したため、16世紀末の万暦帝期において、宰相張居正が税を丁税(人頭税)と地税にまとめて銀で一括納入させる一条鞭法を導入しました。清代に入ると、丁銀を地銀に繰り込んで一本化した地丁銀制が導入されました。

イスラム
イスラームを国教とするいくつかの王朝では、ズィンミー(異教徒。キリスト教徒・ユダヤ教徒など)に対してジズヤ(人頭税)の徴収が行われました。この方式は7世紀のウマイヤ朝を起源としています。正統カリフ時代には税制はいまだ未整備でありましたが、ウマイヤ朝期に入るアラブ人以外のイスラム教徒(マワーリー)および異教徒からジズヤとハラージュ(土地税)の双方を徴収することとなりました。しかしこの方式はマワーリーからの大きな反発を招きまして、アッバース革命を招くこととなりました。こうして成立したアッバース朝はマワーリーからジズヤの納入義務を撤廃しまして、またアラブ人のイスラム教徒であってもハラージュの納入を義務付けました。こうして成立したジズヤ(異教徒への人頭税)とハラージュ(全国民対象の土地税)の二本立ての税制は、イスラーム諸王朝の基本税制となって広まりました。

ヨーロッパ
中世ヨーロッパでは封建制が採られまして、土地を支配する封建領主は土地を耕作する農民から貢納を得て生活していました。貢納のほか、領主直営地における賦役農耕も重要な税のひとつでした。その代り、領主は統治者として領民を外敵から守る役割を果たしていました。領主の主収入は地代でしたが、私的収入と公的収入が同一となっておりまして、しばしば戦費調達のために臨時収入が課されました。その後、領主は戦争や武器の改良、傭兵の台頭によって財政難に陥りまして、相続税・死亡税の新設や地代を上げます。しかし、それでも賄いきれなくなった領主は特権収入に頼るようになります。

ここで言う特権とは、鋳貨・製塩・狩猟・探鉱(後に郵便・売店)を指しまして、領主はこの特権を売渡すことで収入を得ました。特権収入の発生は実物経済から貨幣経済への移行の一つの表れとみられています。

貨幣経済が発達すると新しい階級としまして商人階級が生まれます。土地は売買の対象となりまして、領主と農民の関係は主従関係から貨幣関係へと変質しました。貴族は土地の所有と地代収入を失ったため、商人たちに市場税・入市税・営業免許税・関税・運送税・鉱山特権税などを課します。これらは租税と手数料、両方の側面を持っていました。

1624年にはオランダにおいて収入印紙が初めて導入されまして、17世紀中にはヨーロッパの多くの国家に広まりました。

租税時代
封建末期の貴族たちは商人たちから借金を重ねていたため、遂に徴税権を商人たちに売渡す。この商人たちは租税の代徴を行う徴税請負人として人々から税を徴収したが、増益分は自らの懐に入るため、過剰な租税の取り立てが行われました。特に18世紀のフランスのアンシャン・レジームの下では、3つの身分のうち、第一身分(聖職者)・第二身分(貴族)は免税の特権を持っていました。このため人々の租税に対する不満が高まります。

1789年のフランス革命とこれに続く市民革命によってヨーロッパの封建制は崩壊しまして、立憲君主制が始まりました。国家の収入は経常収支としての租税が大半を占めるようになります。また、君主の私的収入と国庫収入が切り離されまして、租税収入が歳入の中心を占める公共財政が確立しまして、現代まで続いている租税時代が始まります。またこの時代になると近代化とともに賦役はほとんどの地域において廃止されまして、労働に対し国家が賃金を払って公共工事などを行うようになっていきました。

立憲制とともに租税法律主義も普及しまして、イギリスの「権利の請願」「権利の章典」などによって確立していきます。さらにフレンチ・インディアン戦争による財政難からイギリス議会が英領アメリカ植民地に砂糖法や印紙法、茶税などのタウンゼンド諸法によって次々と課税を試みようとしたことはアメリカ植民地を激昂させ、租税法律主義に由来する「代表なくして課税なし」という有名なスローガンのもとでアメリカ独立戦争を引き起こすきっかけとなりました。

1799年、イギリスではナポレオン戦争の戦費を調達するために所得に対して課税が行われました。これ以降、産業革命による資本主義の発達を背景に所得税を中心とした所得課税が世界に普及していきます。ただし初期の所得課税は高額所得者に対するもので、税収総額としてはわずかなものでした。

20世紀には、社会主義の台頭や社会権の定着によって、所得税・相続税の累進税率が強化されました。しかし、1980年代に入ると企業意欲・労働意欲を高めるために税率のフラット化が行われました。また20世紀も中盤にいたるまで消費課税はある特定の商品のみにかけられるものでありましたが、1954年に一般的な消費すべてにかけられる付加価値税がフランスにおいて導入されまして、以降世界各国において導入されるようになっていきました。

税金はいろいろな出来事がありましたのですね。
日本国の為にも納税を…